#1お見合いから始まった

「中学校、高校と女子校だったし、異性に慣れてないから、恐怖心があるのかもしれない。
淡い初恋の経験以外は、バス停から自転車でつけられて、いきなりデブのおにいちゃんに
〃つき合ってくれ〃って言われたとか、異性とのいい思い出ってないんですよ」
向坂恵さんは二十五歳。国家公務員をしている。二十五歳という年齢からしたら、見合
いの話があったってさほど驚くことでもないはずなのに、最近舞い込んできた見合いの話
にパニック状態になっている。それが私には不思議に思えたのだが、きっと、そうしたこ
とも原因の一つなのだろう。
その見合いの話というのは、突然やってきたのだという。
「友だちの結婚式があって、そのときの写真ができたからって、仲のいい数人で飲み会を
することになったんです。そしたら、友人の一人が〃いい話があるのよ″っていきなり知
らない人の写真をカバンから出すんですよ。お母さんの友だちの息子さんだとかで、会っ
てみないかって言ってるって……。
その友だちっていうのは同い年なんだけど、結婚なんかしないってずっと言ってる子で、
なんでこいつに勧められなきゃいけないんだって思って……。しかも、二十五歳の誕生日
からすぐだったんで、何で今結婚の話が出るんだよ……って。なんか二十五歳でこんな話
が出るとは夢にも思ってなかったんで、すごいショックだった」
彼女は正直なところ、まだ結婚という言葉からは逃げていたかったようだ。
「二十四歳までは職場でも新人だし、まだ不安定じゃないですか。二十五歳っていうのは
自分の中では中間地点で、二十六’七歳から焦ればいいかなって思ってた。小さいころ二
十六’七歳からかっこいい大人になるってイメージだったから、二十六歳あたりから、い
い人がいたら縁かなって考えればいいと思ってたんです。まだ二十五歳なんだし、それま
でには一年間はあるって……」
彼女に考える余裕はなかった。たまたま見合いの話を持ってきた友人とその母も交えて、
一週間後には芝居を見に行く約束があったのである。当然、友人のお母さんは、見合いの
話を持ち出してきた。
「最初は話をにごしてたんです。でもそのオバサンっていうのが下町の肝っ玉かあさんみ
たいな人で、けつこうしつこく誘われたんですよ」
オバサン「あなたはウチの子と違って結婚する気あるんでしよ」
向坂さん「えI、まあ」
オバサン「結婚したらやっぱり三十歳までには子供一人は産まないとね。そのためには
二十九歳までには結婚しなきゃダメじゃない」
向坂さん「でも、まだそれまでには何年もありますから」
オバサン「そんなこと言ったって、出会ってすぐに結婚するわけにいかないでしよ。つ
き合ってみなきゃ、どんな人かわからないし……」
向坂さん「まあ、そうですけど……」
オバサン「今いくつ?」
向坂さん「二十五になります」
オバサン「じゃ、今がそのときなのよ」
ということで押し切られた。よくよく聞いてみると、オバサンは仲良しの友だちから、
姉が結婚したのに息子が余っているという相談を持ちかけられたらしい。オバサンはすぐ
に娘の友だちである向坂さんの顔が浮かび、「いい子がいるわよ」と話して彼女の写真ま
で見せてしまったというのだ。
オバサンは「向こうはもうOKなのよ。だから会ってみたら?嫌だったらつき合うこ
とはないし」と、大乗り気である。
「私に何も聞かないで写真見せるのは順序が違うよって思ったんですけど、たしかに親戚
の紹介とかよりは、ドロドロした気がねがなくていいかなって気もして、会うだけならっ
てことで承諾しました」
昔は田舎には仲人口などといって、その村のどの家にいくつくらいの子供がいて、どう
いった性格で、家の格としてはこことここが釣り合って……というように、口を聞いてく
れるオバサンがいたものだという。適齢期を過ぎても行き遅れているような場合、その人
がうまくまとめるといった例も多かったそうだ。
けれども、東京で、しかも二人とも二十代の適齢期となれば、お見合いなどしなくても
十分に出会いはあると思うのだが、たしかに職場に同年代の異性がいるとも限らないし、
せっかくの合コンでも積極的に女の子を誘えない男の子も増えているようだし、まだまだ
こうしたオバサンのような人が必要なのかもしれない。
家に帰って母親に見合いのことを報告すると、第一声が「相手の仕事は?」だった。
「母は三十歳くらいで結婚したんですが、その直前まで洋服の縫製会社に勤めていたんで
す。それ以降は専業主婦でずっと家にこもっていたんですけど、本当は外に出たかったん
ですよね。子供がかわいいから中学までは家にいようってことだったんですけど、そのこ
ろはもう四十歳になってて、パートするにも年齢制限があってできなかったんです。だか
ら、私には長く続けられる仕事に就きなさいっていつも言ってました。そういうこともあ
って、公務員を選んだんです」
幸い……というべきか、彼の仕事には転勤の可能性はなかった。初めは介添え人がつい
てくるような話もあったが、お見合いはラフに二人きりということになった。
「もう絵に描いたようなコース通りのデートでした。帝国ホテルのロビーで待ち合わせた
んですね。じゃお昼ご飯を食べようってことになったんですけど、レストランをちゃんと
予約されてるんですよ。で、食事が終わって映画を見に行ったんですけど、指定席がとっ
てあって……。すごい気合いの入れようだなって……。そのあと、車で来てるからって、
お台場の方にドライブに行ったんですけど、レィンボーブリッジを渡るころ、ちょうど夕
焼けが見えて……」
周りから見たら、お見合いの彼はけつこうがんばって演出してるじゃないか……と思う。
向坂さんも人もよさそうだし、ガッガッと焦っている感じもないので彼に好感を持ったと
いう。が、「つき合ってみないの?」と聞くと、まだ積極的にはなれないらしい。
「お見合いしてから、どうも恋愛や結婚ってことに敏感になっちゃって、トレンディドラ
マとかもあまり興味なかったのに、見始めたり、恋愛ものの歌の歌詞のフレーズとかを気
をつけて聞いたりしてます。占いを見たりとか……、人並みにやっぱり女の子なんだな
……と思って、そういう自分が今おもしろいです」
向坂さんの異性への興味は、今始まったばかりなのだ。いきなり結婚と言われても対応
できるはずがないだろう。けれど、たとえば二十代前半でほとんどの人が結婚するような
常識の中では、そんな気分の状態でだって周囲から結婚を迫られる。逆に言えば、向坂さ
んがこれほどのんびりしていられるのは、一生働ける資格と職場があるからかもしれない。
女にとって結婚って、まだまだそんなところがある。